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SHINGO 5° TERASAWA blog
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14:41:44
 人が絶え間なく過ぎ去る駅のホーム。
 それぞれが残像を伴いながらすれ違っている。
 誰もが影のよう。

 あたかも彼ら自身の核たる存在は別世界にあり
 意識のかけらがこの世界に迷い込んだような薄い存在。
 うつろ人。

 いつしか社会の、モノとヒトの飽和した現代文明の
 いくらでも代替可能な一部と化してしまった人たち。
 常識イコール没個性。
 システムのなかの機能を淡々とこなす、よくいえば落ち着いた、
 悪くいえば、生気の、覇気のない大人といわれる人たち。
 
 一人の存在が欠けたところで社会は気にはしないが、
 しかし一つ一つの存在が身体全体を成り立たせている細胞のように、
 なくてはならない存在。

 血液をながれる細胞は、昨日のそれらとは違うけれど
 今日も同じように流れを作っている。
 新宿や渋谷を歩く人々は昨日と今日では違うけれど
 同じように人の流れを別々の個体が生み出している。
 去年も10年前もそうだったろうし
 明日もそうだし10年後もそうなのだろう。
 よほどこの街が人々から見放され
 急激に田舎とならない限り。


 だいたいぼくがどんだけ一生懸命生きたところで
 宇宙にはなんら変化はない。
 身体でいえば皮膚のどこかを適当にひっかいて
 ボロリと古い皮を落とすようなものだ。
 身体の細胞が一日でも大量に入れ替わっているのに
 身体自体は前日と何も変わっていないように見えるのと同じく、
 社会全体地球全体はたまた宇宙全体にしてみれば、
 いつ死のうとたいして変わりはないのだ。

 やがて死にゆく身でありながら毎日あくせくと何かに追われ、
 それは死を忘れようとしているのか、
 死を待つのが怖いから、あるいは待つ時間が耐えきれないから、
 せめて時間つぶしをしていたいと思うからなのか。

 しかし、そうやって知らぬ間に年をとってやっと余暇ができたと思えば、
 身体は若いころのようには自由に動かず、
 せっかくできた時間もぼうっとしてただ死を待つのみ。

 窓をしたたる結露の雫。
 そこに映る反転した部屋のあかり。
 涼しいというか寒い早朝。
 果てしなき反吐。

 春の曇りの日。
 鈍色の空の下に咲く花は、和紙のくすみのなかに現れる南画のように、
 そこだけが鮮やかに立体的色彩をもって飛び出してくるよう。

 どこか憂いを感じさせる北欧女性の眼差し。 

 物憂い午後。
 ひと気のない閑散とした町並み。
 世界の終わりのような。

 アンビエント音楽を聴きながら――
 ぼくは今これを書きながらブライアン・イーノを聴いているが
 まあイーノでなくともそんな類いであれば何でもよかった――

 見上げる曇り空。
 カラスが数羽、旋回している。
 動きを感じさせるのはそれだけ。

 自分ひとりしかこの世に残っていないような錯覚。

 風に舞う枯れ葉。
 ゴミ箱をあさる野良犬。
 ひからびた糞。
 おそらくカラスに食べられたカスなのだろう蝉の翅。
 そして杖をついた老婆がとぼとぼ……。
 薄汚れた白壁。
 こびりついたガム。
 はがれて落ちかけた看板。


 学校帰りの少年たちの遠い声。
 なにかボールのはねる音もする。
 夢のなかでのような、ぼやけたエコー感で耳にとどく。

 少年の一人が、電線にすがっている。
 ジャングルごっこのつもりか、いっぽうの電柱からもういっぽうへと渡ろうとする。
 下から投げられたサッカーボールが彼にあたる。
 ボールもろとも落下。
 地面はトランポリンのようにやわらかく、少年たちはそこでたわむれる。
 キャッキャ言っているのは聞こえるのだが、しかし顔は無表情。
 しだいに色褪せ、動きもにぶくなっていく。
 硬化しているのだろうか。
 やがて完全なる静止。
 
 カラスが舞い降りる。
 少年たちの上に。 
 しばらくキョロキョロカクカクと首を動かしたあと、つつく。
 少年たちは崩壊していった。
 塵芥となり、風にのってどこかに去っていった。


「コーヒー飲まないの?」

 女が言った。コーヒーは10分前からそこにある。
 女のは、すでに半分ほど減っている。

「ああ、飲むよ。でもちょっと二日酔い気味だから、
あまり濃いと気持ち悪くなるかもしれないな。
それにインスタントだと――」

「ちゃんと豆からのやつだよ。
いい豆つかったコーヒーは胃にもいいんだって。
 二日酔いにもいいんだよ」

「ふーん」

「今は缶コーヒーだとかインスタントコーヒーが巷にあふれてて、
 それを飲み過ぎて胃を悪くする人っているらしいんだけど、
 そもそもそれらはすでに酸化しちゃってるからなんだって。
 新鮮な状態だと身体に良くて、何百年も前の中東では薬として――」

「へえへえ、どこで覚えたの。そんなこと」

 コーヒーカップをゆらし、中のコーヒーをまわしているが僕はそこを見ていない。

「駅前に新しいコーヒーショップできたでしょ?
チェーン店とかじゃなくって個人経営のお店。
そこのマスターが愛想よくってね。いろいろ教えてくれたんだあ」

「そっか、それはよかったねえ」

 コーヒーから立ち昇る奇妙な生命体に、僕はマジマジと見入る。
 湯気の動きの不規則性、偶然性が引き起こす自由の完全さ――。
 しなやかに たゆたうポリリズム――。

「冷めちゃうよ」
 
「ある程度冷まして、ぐいっと飲みたいんだ」

 白い沈黙。
 街の騒音がにじみ、まだらにただよう。

「冷めちゃうよ」

「え、だから…」

 女は去っていった。
 沈黙の白い燐光のなかに溶けていった。
 

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コメント
今回はなんとなく文学チックですな?
確かに…コーヒーとかカカオの類は元々薬だよね。
なら、人肌温度がいいのかな?
でも、熱く作った物を外気で覚ましたら…酸化してしまうような…。
コーヒーのベストはいつなんだろう!?

Coo│URL│2012/09/15(Sat)16:28:28│ 編集
遠くに富士山とスカイツリーの影が見える夕日の中を移動中

人間も酸化していったら
毒と化す…

私ももう毒かしら?何て。

emiko│URL│2012/09/15(Sat)18:09:44│ 編集
Re: タイトルなし
> でも、熱く作った物を外気で覚ましたら…酸化してしまうような…。
> コーヒーのベストはいつなんだろう!?

コーヒーショップの知人によると、
豆を挽いて一日寝かせて淹れるくらいがベストらしいです。

ところで、ここでの
「冷めちゃうよ」という台詞は
別の、暗喩が込められております。

寺澤晋吾│URL│2012/09/17(Mon)22:58:10│ 編集
Re: タイトルなし
> 人間も酸化していったら
> 毒と化す…
>
> 私ももう毒かしら?何て。

僕も毒だらけだしw まあ人間誰しも毒を持っているものだと思います。
毒がないと美は魅力的に成り得ないでしょう。
何においても。

寺澤晋吾│URL│2012/09/17(Mon)23:06:02│ 編集
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