2012/07/25
23:15:33
男は、データ入力の部署でひっそりと働いている。
齢二十七~八歳といったところか。
非常にやせおとろえた胴体に、枯れた竹枝をつなぎあわせたような四肢がそえられており、ごつい黒ぶち眼鏡をかけた顔は血の気を見せることはなく、固定された表情はまるでコケシのそれである。
まれに電話応対をすることがあるのだが、そんな時も表情に変化があらわれることはなく、わずかにくちびるだけが機械的に上下するのみ。
そしてなぜかかならず手で口元をかくし、非常にうすい小声でなにやら話すのだが、はっきり聞こえたためしがない。蚊の羽音のほうがおそらく大きい。
男は《ポキオ》と呼ばれている。
呼ばれているといってもおれが勝手にそう決めつけただけで、しかもそのおれにしたところで一度も声に出して男のことを「ポキオ!」と呼んだためしはないので厳密にはまだ呼ばれていないことになるのだが、まあともかくポキオ。
ポキオを初めて見たとき、おれはおののいたものだった。
「あ、サンダーバードだ」と。
彼のことをサンダーバードと呼ぶことにしてしまうとあまりにもそのままなので、ほかの名前をつけようと、三日三晩喉につばも通らなかったというのは言い過ぎにしろそこそこ思案したあげく《ポキオ》と名付けたのだが、そうなったのは以下のような外面的特徴からだった。
主に動作の面であるが、なかでも歩くさまは特筆に値する。
首や手足の節々から末端にいたるまで、イチイチかさばっているように固い。徹頭徹尾固い。
片側の手足が同時に動いてしまう、ということはさすがにないが、おそろしく不自然である。
脳からの指令が各部位へ伝わるのがとてつもなく遅いのだろう。神経から神経に伝達する際に、関節ごとにピクピクカクカクと相づち的反応をいちいち示しながら、ようやく末梢神経にまでたどり着くというような、工場で働くパートのおばちゃん的マニュファクチャーな意思伝播に近いものがある。
各関節はまるで、何かたとえば軍隊的返事でもしているかのように、過剰に威勢のよい反応をする。大脳辺縁系総司令部から四肢へ向けて指令が発せられた時、たとえば足に伝達する場合、大臀筋大佐は命令する。
「大腿二頭筋少佐! 前方二十メートルの複合機に、クライアントからのFAXが届いているかを確認するために向かうゆえ、下腿三頭筋中尉にもその旨早急に伝えよ」「はい、かしこまりました。大臀筋大佐!」「よろしい、ではいつものことだが……」「大佐、ぞんじております。たとえ誰か美人に出くわしたとしても、仕事中は陰茎の海綿体に血流をあまり送らないようにしろ! でございますね」「ほほぅわかっておるではないか。お前も使える人間になったものだな、大腿二頭筋少佐。ただ、お前が理解していたとしてもだな、外陰部のものどもがだらけているためいつも失敗するのだ。うぅむ、休憩時間前などは特に気をつけるよう言っているのだが……、そうそうそのために、よくこの体の主は立ち上がれず休憩時間を無駄にしてしまうことがあるのだ! おまけに括約筋中尉に関しては、まるで肛門性交のしすぎではないかと思われるくらい、ゆるいんだからな……云々」しかしもちろん伝達は非常に素早いため、歩く速度は一般の人と変わりはない。というよりはむしろ、一般的速度を若干ではあるが、上回っているようにも見える。そう、敏捷性においてはポキオは抜きん出ているのだ。
動作のなかに機敏性を認めることはできるのだが、その機敏性とはおそらく過度の緊張からくる敏捷さ、すなわち人目をなるべく早く逃れたいがために、ごく自然に生まれた解決法といえるだろう。
それは、滑舌の悪い人が相手にそれを悟られたくないがために、会話をなるべく早くすませようと思うあまり早口になってしまい、ますます吃音を招く結果になるのと同じようなものだ。
というわけでーー ~後略~
===========
いきなり何かと思ったかもしれませんが
拙著『無理矢理な人たち~この素晴らしき世界~』より抜粋でした。
彼については、その昔ぼくが実際に出会った男で、少々誇大にデフォルメしてますが、まあだいたいそんな感じの個性的人物であったため自分の作品に登場してもらった次第です。
たまには、宣伝でも^^
齢二十七~八歳といったところか。
非常にやせおとろえた胴体に、枯れた竹枝をつなぎあわせたような四肢がそえられており、ごつい黒ぶち眼鏡をかけた顔は血の気を見せることはなく、固定された表情はまるでコケシのそれである。
まれに電話応対をすることがあるのだが、そんな時も表情に変化があらわれることはなく、わずかにくちびるだけが機械的に上下するのみ。
そしてなぜかかならず手で口元をかくし、非常にうすい小声でなにやら話すのだが、はっきり聞こえたためしがない。蚊の羽音のほうがおそらく大きい。
男は《ポキオ》と呼ばれている。
呼ばれているといってもおれが勝手にそう決めつけただけで、しかもそのおれにしたところで一度も声に出して男のことを「ポキオ!」と呼んだためしはないので厳密にはまだ呼ばれていないことになるのだが、まあともかくポキオ。
ポキオを初めて見たとき、おれはおののいたものだった。
「あ、サンダーバードだ」と。
彼のことをサンダーバードと呼ぶことにしてしまうとあまりにもそのままなので、ほかの名前をつけようと、三日三晩喉につばも通らなかったというのは言い過ぎにしろそこそこ思案したあげく《ポキオ》と名付けたのだが、そうなったのは以下のような外面的特徴からだった。
主に動作の面であるが、なかでも歩くさまは特筆に値する。
首や手足の節々から末端にいたるまで、イチイチかさばっているように固い。徹頭徹尾固い。
片側の手足が同時に動いてしまう、ということはさすがにないが、おそろしく不自然である。
脳からの指令が各部位へ伝わるのがとてつもなく遅いのだろう。神経から神経に伝達する際に、関節ごとにピクピクカクカクと相づち的反応をいちいち示しながら、ようやく末梢神経にまでたどり着くというような、工場で働くパートのおばちゃん的マニュファクチャーな意思伝播に近いものがある。
各関節はまるで、何かたとえば軍隊的返事でもしているかのように、過剰に威勢のよい反応をする。大脳辺縁系総司令部から四肢へ向けて指令が発せられた時、たとえば足に伝達する場合、大臀筋大佐は命令する。
「大腿二頭筋少佐! 前方二十メートルの複合機に、クライアントからのFAXが届いているかを確認するために向かうゆえ、下腿三頭筋中尉にもその旨早急に伝えよ」「はい、かしこまりました。大臀筋大佐!」「よろしい、ではいつものことだが……」「大佐、ぞんじております。たとえ誰か美人に出くわしたとしても、仕事中は陰茎の海綿体に血流をあまり送らないようにしろ! でございますね」「ほほぅわかっておるではないか。お前も使える人間になったものだな、大腿二頭筋少佐。ただ、お前が理解していたとしてもだな、外陰部のものどもがだらけているためいつも失敗するのだ。うぅむ、休憩時間前などは特に気をつけるよう言っているのだが……、そうそうそのために、よくこの体の主は立ち上がれず休憩時間を無駄にしてしまうことがあるのだ! おまけに括約筋中尉に関しては、まるで肛門性交のしすぎではないかと思われるくらい、ゆるいんだからな……云々」しかしもちろん伝達は非常に素早いため、歩く速度は一般の人と変わりはない。というよりはむしろ、一般的速度を若干ではあるが、上回っているようにも見える。そう、敏捷性においてはポキオは抜きん出ているのだ。
動作のなかに機敏性を認めることはできるのだが、その機敏性とはおそらく過度の緊張からくる敏捷さ、すなわち人目をなるべく早く逃れたいがために、ごく自然に生まれた解決法といえるだろう。
それは、滑舌の悪い人が相手にそれを悟られたくないがために、会話をなるべく早くすませようと思うあまり早口になってしまい、ますます吃音を招く結果になるのと同じようなものだ。
というわけでーー ~後略~
===========
いきなり何かと思ったかもしれませんが
拙著『無理矢理な人たち~この素晴らしき世界~』より抜粋でした。
彼については、その昔ぼくが実際に出会った男で、少々誇大にデフォルメしてますが、まあだいたいそんな感じの個性的人物であったため自分の作品に登場してもらった次第です。
たまには、宣伝でも^^
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コメント
Re: 文才あるね~♪
> 189cm /52kg …干物に近い!?
ガリガリだねw 体調心配しちゃうね。
> 嘘つきの最低野郎でしたw
嘘つき癖の人ってのは、一つの嘘を隠すためにまた嘘をついて、またそれを隠すために…って限りない悪循環に陥っちゃってどうしようもないよね。
正直に生きたいものです。
ガリガリだねw 体調心配しちゃうね。
> 嘘つきの最低野郎でしたw
嘘つき癖の人ってのは、一つの嘘を隠すためにまた嘘をついて、またそれを隠すために…って限りない悪循環に陥っちゃってどうしようもないよね。
正直に生きたいものです。
寺澤晋吾│URL│2012/07/28(Sat)20:04:45│
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と思ったら、そうでしたか!!
ポキオに似た?奴いたなぁ~…。
189cm /52kg …干物に近い!?
SEやってる昔の彼。
嘘つきの最低野郎でしたw