2012/05/05
02:00:18
ボクはただATMを利用するために
近所のファ○マに行っただけだったのだ。
つい先日の、とある昼下がりのこと。
客はといえば、入ってきたボク独り。
そこへすかさず、パートのおばちゃんが
「いらっしゃいませー。本日ファミチキがお安くなっておりまーす。ただいま揚げたてでーす」
と威勢よく呼びかけている。
ほほ笑みながら。まさしくボクに向かって。
こまった。実に困った。
ほほ笑みかえすべきか否か。それが問題だ。
ボクは数年来の常連であるし、おばちゃんも恐らくボクがここに初来店したその日よりもはるか以前から君臨しているパートのおばちゃんの筆頭、大奥でいえば「春日の局」クラスのお局の重鎮ともいえる存在だろうと思われる。
そういう貫禄もあったため、ボクはそのお方をそろそろ「ファミマの政所様(まんどころさま)」と呼んでもいいかと思っている。
まあそれはいい。
結局、ボクは口の端を軽くつり上げるだけのような上っ面の愛想笑いだけを返し、ATMに向かった。
しかし、ATMはレジの真横であるから
おばちゃんも真横にいるわけで、しばらく気まずい沈黙がわれわれをつつむ。
音のない音楽。
静寂という名の音。サウンドオブサイレンス。
沈黙のなんちゃら、といえばスティーブンセガール。
別に好きではない。
ただ彼の映画は毎日どこかの局で放映されているように思えるのは何故だろうという長年の疑問がある。
たまたまテレビをつけて最後まで観てしまった時のあの一抹の虚しさったらなんだろう。
そんな雑念をたずさえながら、ATMの操作音だけが店内にひびきわたる。
むなしき我が心の内を遠くで察してくれたのか、
どやどやと作業着姿の男たちが入ってきて
「トイレかりまーす」
と、さも当たり前のようにトイレに向かうと
政所様が「あ、はい。今カギ開けます」と言い「カギお願いしまーす」と他の店員を呼んだ。
しかし客はいないし、(他にはボクだけ。だからいくら華麗なるATMさばきを指先ひとつでこなしたところでいよいよ虚しさが増すばかり)おばちゃん自分で開けにいってあげてもよかろうに、なんでレジから微動だにしないのだろうかと思っていると、ハッそうだこのおばちゃんは、ハッ!?政所様は、ボクがしょっちゅうファミチキやらフライドチキンを買っていくことを知っているのだ特に今日みたいな10円もしくは20円安くなっている時などはなおさら、だから金を下ろしたその刹那にファミチキを注文するであろうお兄さんのタイミングを千分の一秒でも逃さないわよウフフということなのだろうか、このボンクラくそ飲んだくれ常連さんがファミチキを求めたときに即座に反応し、颯爽と紙袋を取り出してひろげ鮮やかにチキンを滑りこませる一連の動作に支障をきたしてはならない、そういう並々ならぬ思いがこめられているのだろうか、というような背景をたずさえながら、トングを背後に持ちいつでもいいわよと構えていたのかもしれない。
そう考えると、ボクはふいをつかれ涙うるんだものだ。
否それは言い過ぎかもしれないがともかく、かのオバはん、ハッ!? 政所様に関しては
円熟の(いや艶熟というべきか)敏腕パートタイマーゆえの不動のレジ待機といえるだろう。
そうこう脳ミソが葛藤しているうちに
大奥から別のお局パートタイマーが出てきてトイレ前についた。
コンコンとノックをする。
待て。なぜにノック??
自分たちがカギを管理してて、前の客が用を足したあとお局自身で閉めたはずだし
自分たちが許可した者しか入れない領域(まさしく大奥!)にカギを挿そうとしているのにわざわざノックするとは。横山ノックもびっくりだ。一体どういうことなのだろう?
この場面における主人公の心境を50字以内で述べよ。…なんてのは、ボクが中高生のころ一番嫌いだった国語の質問である。
うんこ食らえ。
ともかく、そんなふうに店員だけが管理してる鍵のくせしてノックやらなんちゃらするなんてチャンチャラ可笑しな話であるし、おそらく短気がちな作業員の男衆なら尚更そう思ったことだろうと思うのだが。
最終的に、ボクはファミチキどころか何も買わずに店を出た。
ただ金を下ろしただけだ。
そんなことはめったにないことだった。
おばちゃんもびっくり仰天したことと思う。
イヤ失敬。政所様もさぞや仰天なされたこととお察しいたします。
実際ボクは、お金を下ろすために来店したとしても
ついでに酒とつまみなどを意味なく買ってしまう人間であり、
マンドコロサマともなれば当然のごとくそれを知っていたはずなのだ。
その艶熟した眼差しで常に洞察していたはずだ。
長年の推理がくずおれた瞬間の落胆ったら想像するに難くない。
ボクがまさに出ていこうとするとき
「本日ファミチキが、お、お安くなって……」
と心無しか尻すぼみになっていたように思われた。
少し悪いことしたかなと、今では心残りである。
おそらく、夕方帰宅した失意の政所様は、
いつものように料理をも家族にふるまう気力もなく
スーパーでレトルトを買い込んで夕飯としたかもしれない。
家族は心配して訊ねるが、誰も彼女の深い悲しみを理解できない。
(ま、それが普通だろう。――いつもならあの常連さんが、フ、ファ、ファミチキを注文してくれたのにっ…すぐ出せるようにスタンバッてたのにっ……う、うう裏切られたのよっ!…などと言われたところで何ら救いようない。)
せっかくの家族の団らんにも沈黙が訪れる。
ここで誰かがテレビをつけて万一セガール映画でもやってようものなら
状況を打開できたかもしれないが、人生そううまく事は運ばない。
やがて、しおれた政所様は悲嘆のうちに眠るが
その眠りも決してやすらぎではない。ほど遠い。
まだまだ試練はある。
ジェダイへの道は長く険しいのだよ、ご婦人。
そんな気持ちのままでは副交感神経に悪影響を与え、ホルモン分泌バランスを崩壊させ
翌日目覚めた時には、玉手箱を開けてしまったかのような急激な老衰、ようするにマスターヨーダのようにしわくちゃになってるかもしれない。
が、視点を変えればそれはジェダイになれたということになるわけで、あるいは良かったのかもしれない。
しかし、はたして政所様とジェダイではどちらが高貴な身分なのか。
そんなもろもろを思うと、いたたまれない。
もう、何がなんやら…
こんなウダウダ話にお付き合いいただき恐縮です。
ではまた。
近所のファ○マに行っただけだったのだ。
つい先日の、とある昼下がりのこと。
客はといえば、入ってきたボク独り。
そこへすかさず、パートのおばちゃんが
「いらっしゃいませー。本日ファミチキがお安くなっておりまーす。ただいま揚げたてでーす」
と威勢よく呼びかけている。
ほほ笑みながら。まさしくボクに向かって。
こまった。実に困った。
ほほ笑みかえすべきか否か。それが問題だ。
ボクは数年来の常連であるし、おばちゃんも恐らくボクがここに初来店したその日よりもはるか以前から君臨しているパートのおばちゃんの筆頭、大奥でいえば「春日の局」クラスのお局の重鎮ともいえる存在だろうと思われる。
そういう貫禄もあったため、ボクはそのお方をそろそろ「ファミマの政所様(まんどころさま)」と呼んでもいいかと思っている。
まあそれはいい。
結局、ボクは口の端を軽くつり上げるだけのような上っ面の愛想笑いだけを返し、ATMに向かった。
しかし、ATMはレジの真横であるから
おばちゃんも真横にいるわけで、しばらく気まずい沈黙がわれわれをつつむ。
音のない音楽。
静寂という名の音。サウンドオブサイレンス。
沈黙のなんちゃら、といえばスティーブンセガール。
別に好きではない。
ただ彼の映画は毎日どこかの局で放映されているように思えるのは何故だろうという長年の疑問がある。
たまたまテレビをつけて最後まで観てしまった時のあの一抹の虚しさったらなんだろう。
そんな雑念をたずさえながら、ATMの操作音だけが店内にひびきわたる。
むなしき我が心の内を遠くで察してくれたのか、
どやどやと作業着姿の男たちが入ってきて
「トイレかりまーす」
と、さも当たり前のようにトイレに向かうと
政所様が「あ、はい。今カギ開けます」と言い「カギお願いしまーす」と他の店員を呼んだ。
しかし客はいないし、(他にはボクだけ。だからいくら華麗なるATMさばきを指先ひとつでこなしたところでいよいよ虚しさが増すばかり)おばちゃん自分で開けにいってあげてもよかろうに、なんでレジから微動だにしないのだろうかと思っていると、ハッそうだこのおばちゃんは、ハッ!?政所様は、ボクがしょっちゅうファミチキやらフライドチキンを買っていくことを知っているのだ特に今日みたいな10円もしくは20円安くなっている時などはなおさら、だから金を下ろしたその刹那にファミチキを注文するであろうお兄さんのタイミングを千分の一秒でも逃さないわよウフフということなのだろうか、このボンクラくそ飲んだくれ常連さんがファミチキを求めたときに即座に反応し、颯爽と紙袋を取り出してひろげ鮮やかにチキンを滑りこませる一連の動作に支障をきたしてはならない、そういう並々ならぬ思いがこめられているのだろうか、というような背景をたずさえながら、トングを背後に持ちいつでもいいわよと構えていたのかもしれない。
そう考えると、ボクはふいをつかれ涙うるんだものだ。
否それは言い過ぎかもしれないがともかく、かのオバはん、ハッ!? 政所様に関しては
円熟の(いや艶熟というべきか)敏腕パートタイマーゆえの不動のレジ待機といえるだろう。
そうこう脳ミソが葛藤しているうちに
大奥から別のお局パートタイマーが出てきてトイレ前についた。
コンコンとノックをする。
待て。なぜにノック??
自分たちがカギを管理してて、前の客が用を足したあとお局自身で閉めたはずだし
自分たちが許可した者しか入れない領域(まさしく大奥!)にカギを挿そうとしているのにわざわざノックするとは。横山ノックもびっくりだ。一体どういうことなのだろう?
この場面における主人公の心境を50字以内で述べよ。…なんてのは、ボクが中高生のころ一番嫌いだった国語の質問である。
うんこ食らえ。
ともかく、そんなふうに店員だけが管理してる鍵のくせしてノックやらなんちゃらするなんてチャンチャラ可笑しな話であるし、おそらく短気がちな作業員の男衆なら尚更そう思ったことだろうと思うのだが。
最終的に、ボクはファミチキどころか何も買わずに店を出た。
ただ金を下ろしただけだ。
そんなことはめったにないことだった。
おばちゃんもびっくり仰天したことと思う。
イヤ失敬。政所様もさぞや仰天なされたこととお察しいたします。
実際ボクは、お金を下ろすために来店したとしても
ついでに酒とつまみなどを意味なく買ってしまう人間であり、
マンドコロサマともなれば当然のごとくそれを知っていたはずなのだ。
その艶熟した眼差しで常に洞察していたはずだ。
長年の推理がくずおれた瞬間の落胆ったら想像するに難くない。
ボクがまさに出ていこうとするとき
「本日ファミチキが、お、お安くなって……」
と心無しか尻すぼみになっていたように思われた。
少し悪いことしたかなと、今では心残りである。
おそらく、夕方帰宅した失意の政所様は、
いつものように料理をも家族にふるまう気力もなく
スーパーでレトルトを買い込んで夕飯としたかもしれない。
家族は心配して訊ねるが、誰も彼女の深い悲しみを理解できない。
(ま、それが普通だろう。――いつもならあの常連さんが、フ、ファ、ファミチキを注文してくれたのにっ…すぐ出せるようにスタンバッてたのにっ……う、うう裏切られたのよっ!…などと言われたところで何ら救いようない。)
せっかくの家族の団らんにも沈黙が訪れる。
ここで誰かがテレビをつけて万一セガール映画でもやってようものなら
状況を打開できたかもしれないが、人生そううまく事は運ばない。
やがて、しおれた政所様は悲嘆のうちに眠るが
その眠りも決してやすらぎではない。ほど遠い。
まだまだ試練はある。
ジェダイへの道は長く険しいのだよ、ご婦人。
そんな気持ちのままでは副交感神経に悪影響を与え、ホルモン分泌バランスを崩壊させ
翌日目覚めた時には、玉手箱を開けてしまったかのような急激な老衰、ようするにマスターヨーダのようにしわくちゃになってるかもしれない。
が、視点を変えればそれはジェダイになれたということになるわけで、あるいは良かったのかもしれない。
しかし、はたして政所様とジェダイではどちらが高貴な身分なのか。
そんなもろもろを思うと、いたたまれない。
もう、何がなんやら…
こんなウダウダ話にお付き合いいただき恐縮です。
ではまた。
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コメント
Re: 美味しいんだけどなぁ…
リップグロスが不要ですね。
今後、男性とのデート前には是非ギトギトのフライドチキンを。
うるんだ唇はセクシー。
今後、男性とのデート前には是非ギトギトのフライドチキンを。
うるんだ唇はセクシー。
寺澤晋吾│URL│2012/05/06(Sun)17:21:21│
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打ち勝ったんですね…
連敗中でいつも何かを買って帰ってしまう私…
それにしても…朝起きて
マスタヨーダになっているのと
ジャバザハットになっているの
どちらが女としてツライかなどと
考えてしまいました(笑)