2019/06/11
00:45:52
さて、その血糖値400以上を叩き出す糖尿病患者の老翁フルカワさん(仮名)。
常々せんべえを食べているのは先の投稿でお伝えしたが、
夜中は断続的に、クシャッと袋をつかむ音が部屋に響くとバリボリバリボリ、しばらく続いたものだった。
つかつかと看護師の足音が聞こえると静かになり、足音が遠ざかるとまたバリボリバリボリ。
まるでネズミだ。
かと思えば、しくしく泣きだす。
「生きかた間違えたよ」とか
「あー、おれ生きかた下手だったわ」
とか独りボソボソつぶやいている。
かと思えば、また別のボリボリいう音が聞こえる。
「あーかぃ〜、あーかぃぃよ〜」
どうやら身体中を掻きむしっている。
ナースコール。
看護師が来る。
「眠り薬みたいなのくんない? かゆくて寝られないんだよぉ〜」
薬を持ってきてもらい、飲む。
まだしばらくは
「あーかぃ〜、あーかぃぃよ〜」と言っている。
と思えば「ぷぅぅぅ」と下の口も物を言う。
またしくしく……おれ生きかた間違えたわ。
そんなひとり多重演奏もやがて30分もしないうちに静かになった。
昼間にもしくしく泣いていることがあり、
何度か看護師さんがその泣き声を廊下で聞いて部屋に駆け込んできたものだ。
「どうしたの、フルカワさん?」
「ええっ、おれなんて生きてる価値なんてねえよもう」
「そんなことないですよー。がんばって治しましょうね」
「治ったところで何を楽しみに生きていくってんだ?家に帰っても独りだよ?テレビ見てメシ食って寝て…そんだけだぜ?」
「お孫さんは?」
「ん? ああ、いるけどよ…」
「何歳なんですか?」
「6才と、じゅう〜何歳だっけな」
「成長が楽しみじゃないですかぁ〜。しかもお二人も」
「うーん、あんまなついてねえしな」
「そうなんですかぁ、遠いんですか?」
「いや、二子玉川にいるけどよ」
「え、電車で一本じゃないですか〜!」
「ん?うん…」
(看護師は次の言葉につまる。実際、僕も2週間同じ部屋にいたが、一度も誰もお見舞いに来ていなかった。)
「生きかた間違えたよ」
「えー、そんな」(看護師さんますます受け答えに困ってくる。)
「あー、おれ生きかた下手だったわー」
「フルカワさんごめん、また回ってくるね」
僕は、21時に消灯後にすぐ眠れないので、ロビー(というのかわからないけれどもナースステーション近くのソファとか置かれた団欒のスペース)へ、ノートPCを持っていき何かと作業をする夜も多かった。
看護師さんたちへは仕事と称していたが、実際のところ、小説の構想が浮かんだのでそのアイデアを書いたり、ストーリーに必要な情報を調べてメモしてまとめてたりしていた。
ある夜、そこへゆっくりとスリッパを擦る音が近づいてくる。
ふぅーっと横のソファに腰掛けたのはフルカワ爺であった。
「若いってのはいいよなぁ」小声でつぶやく。
独り言として捉えられてもいいし聞こえて話し相手になってくれるならそれでもいいしっていう距離感の音量。
と自分は推察し、シカトする。
「あー、おれ生きかた下手だったわー」
ボリュームが上がった。明らかに反応をうかがっている。が、こちらは忙しくデータ整理してるんだぞと言わんばかり、キーボードをカタカタ何を入力する目的もなく駄文を書いてみたりする。
いっそのこと、よー兄ちゃん、とか、あんちゃんよー、とか声かけてくれれば答えるものを、ティーンの恋の駆け引きみたいでいじらしい。まあでもかわいいとこあるじゃないか、と思うがやはりここはシカトで通す。
「ふ〜、た〜のしくねえなあ〜」
自分:カタカタカタカタ。
「あーあ、生きかた間違えたよ」
カタカタ、カタカタカタカタカタカタ……
ちょうどそこへ、
「フルカワさん!」と看護師がやってきた。
「どうしたの、眠れないの?」それから僕に向かって
「すみませんねー。お忙しいところ」
「いえいえ全然大丈夫です」
あくまで僕はここでテレワーク中の40代中間管理職の人間ふうにふるまう。
ま、ビジネスマンとは思われてなかっただろうけどね。
「ほら、もう寝るよ。フルカワさん」
「眠れねえんだよー」
「お薬もってくからね、ほら」
しぶしぶフルカワ爺は帰っていく。
「楽しくねえなー。あーほんと、生きかた間違えたよ」などとこぼしながら。
数十分後に部屋に戻ると、静かだった。
しくしくも嘆きの独り言もなく、バリボリもない。
あるのは外からの虫のうた。
と、せんべえの香りもまだ香ばしくただよっていた。
(つづく)
常々せんべえを食べているのは先の投稿でお伝えしたが、
夜中は断続的に、クシャッと袋をつかむ音が部屋に響くとバリボリバリボリ、しばらく続いたものだった。
つかつかと看護師の足音が聞こえると静かになり、足音が遠ざかるとまたバリボリバリボリ。
まるでネズミだ。
かと思えば、しくしく泣きだす。
「生きかた間違えたよ」とか
「あー、おれ生きかた下手だったわ」
とか独りボソボソつぶやいている。
かと思えば、また別のボリボリいう音が聞こえる。
「あーかぃ〜、あーかぃぃよ〜」
どうやら身体中を掻きむしっている。
ナースコール。
看護師が来る。
「眠り薬みたいなのくんない? かゆくて寝られないんだよぉ〜」
薬を持ってきてもらい、飲む。
まだしばらくは
「あーかぃ〜、あーかぃぃよ〜」と言っている。
と思えば「ぷぅぅぅ」と下の口も物を言う。
またしくしく……おれ生きかた間違えたわ。
そんなひとり多重演奏もやがて30分もしないうちに静かになった。
昼間にもしくしく泣いていることがあり、
何度か看護師さんがその泣き声を廊下で聞いて部屋に駆け込んできたものだ。
「どうしたの、フルカワさん?」
「ええっ、おれなんて生きてる価値なんてねえよもう」
「そんなことないですよー。がんばって治しましょうね」
「治ったところで何を楽しみに生きていくってんだ?家に帰っても独りだよ?テレビ見てメシ食って寝て…そんだけだぜ?」
「お孫さんは?」
「ん? ああ、いるけどよ…」
「何歳なんですか?」
「6才と、じゅう〜何歳だっけな」
「成長が楽しみじゃないですかぁ〜。しかもお二人も」
「うーん、あんまなついてねえしな」
「そうなんですかぁ、遠いんですか?」
「いや、二子玉川にいるけどよ」
「え、電車で一本じゃないですか〜!」
「ん?うん…」
(看護師は次の言葉につまる。実際、僕も2週間同じ部屋にいたが、一度も誰もお見舞いに来ていなかった。)
「生きかた間違えたよ」
「えー、そんな」(看護師さんますます受け答えに困ってくる。)
「あー、おれ生きかた下手だったわー」
「フルカワさんごめん、また回ってくるね」
僕は、21時に消灯後にすぐ眠れないので、ロビー(というのかわからないけれどもナースステーション近くのソファとか置かれた団欒のスペース)へ、ノートPCを持っていき何かと作業をする夜も多かった。
看護師さんたちへは仕事と称していたが、実際のところ、小説の構想が浮かんだのでそのアイデアを書いたり、ストーリーに必要な情報を調べてメモしてまとめてたりしていた。
ある夜、そこへゆっくりとスリッパを擦る音が近づいてくる。
ふぅーっと横のソファに腰掛けたのはフルカワ爺であった。
「若いってのはいいよなぁ」小声でつぶやく。
独り言として捉えられてもいいし聞こえて話し相手になってくれるならそれでもいいしっていう距離感の音量。
と自分は推察し、シカトする。
「あー、おれ生きかた下手だったわー」
ボリュームが上がった。明らかに反応をうかがっている。が、こちらは忙しくデータ整理してるんだぞと言わんばかり、キーボードをカタカタ何を入力する目的もなく駄文を書いてみたりする。
いっそのこと、よー兄ちゃん、とか、あんちゃんよー、とか声かけてくれれば答えるものを、ティーンの恋の駆け引きみたいでいじらしい。まあでもかわいいとこあるじゃないか、と思うがやはりここはシカトで通す。
「ふ〜、た〜のしくねえなあ〜」
自分:カタカタカタカタ。
「あーあ、生きかた間違えたよ」
カタカタ、カタカタカタカタカタカタ……
ちょうどそこへ、
「フルカワさん!」と看護師がやってきた。
「どうしたの、眠れないの?」それから僕に向かって
「すみませんねー。お忙しいところ」
「いえいえ全然大丈夫です」
あくまで僕はここでテレワーク中の40代中間管理職の人間ふうにふるまう。
ま、ビジネスマンとは思われてなかっただろうけどね。
「ほら、もう寝るよ。フルカワさん」
「眠れねえんだよー」
「お薬もってくからね、ほら」
しぶしぶフルカワ爺は帰っていく。
「楽しくねえなー。あーほんと、生きかた間違えたよ」などとこぼしながら。
数十分後に部屋に戻ると、静かだった。
しくしくも嘆きの独り言もなく、バリボリもない。
あるのは外からの虫のうた。
と、せんべえの香りもまだ香ばしくただよっていた。
(つづく)
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