マンションから出て歩き始めると
僕の進行方向100mほど先から
女がこちらに向かって走ってくる。
まあいつものことだ。

と思ったのもつかの間
どうもおかしい。
あまりにスローだ。

歩いているのではない。
走っているのに、その走っているフォームで
とてつもなく緩慢に動いているのだ。
新手の太極拳かよ。
しかし老人ではなかった。
おそらく30代の、少々ふくよかな女性。

普通に走れそうな健全な容姿なものだから
もしかすると、彼女はいたって普通に走っていて
実は僕のほうが何か別のマトリックスへと
迷い込んでしまったのかもしれない。
そんな不安を一瞬にして払拭してくれたのは、
いつもよくみるハゲおやじだった。
冬場でもタンクトップにスパッツだ。
今日も変わらずキビキビと走り抜けていったものだから
やはり僕は間違っていなかった、と胸を撫で下ろした。

さて、女性は依然として、スローだ。
感心するくらい緩慢な動作。
たぶんこの人は、ジョジョの波紋修行において
ツェッペリンの親父にブランデーグラスを渡されても
こぼしはしない。

ジョギング＋太極拳コラボは続いている。
けっこう真剣な眼差しで腕を上げ
太ももも高々とおヘソを超えるくらいまで
蹴り上げている。
それでいて、スローなのだ。

あるいは、先日の残雪ですべるのを気にして
一歩一歩ゆっくり進めているのかもしれないが
しかし雪どもは道脇にきれいに除けられていたので
それはない。

なるほどたしかに筋トレなどでは
ひとつの動作を素早くし、数をこなすのではなく
数は少なめでも、ゆっくりぷるぷる震えながらやったほうが
体脂肪が燃焼し、筋繊維が太くなって基礎代謝もあがって
カロリーが消費されやすい？とかなんとからしいから
（間違ってたらすみません）
女の動作は理にかなっている。

願わくば、彼女が理想体型を手に入れんことを。

今後も遭遇するのかもしれない。
陰ながら応援しようと思います。

僕もちょっと気をぬけば
体型にたるみが出てくる年になってきたので
いつしかその女と並走しているかもしれない。
そしてお茶にでも誘おう。
その口説き文句も無論スローであるべきだろう。

「いっっっしゅ〜〜う〜〜〜、は〜〜し〜〜り〜〜〜〜
　お〜〜〜〜わ〜〜った〜〜ら〜〜ああああ
　お〜〜〜ちゃあああ〜〜で〜〜〜も〜〜〜〜
　ど〜〜〜おう〜〜〜で〜〜〜〜すぅぅぅうかぁぁぁ〜〜〜？」

新手のナンパだ。
太極拳ナンパだ。

ところでしかし、
歩く動作のままタイムを争う競歩というのも
つくづく奇妙だと思っていたが
走る動作のままやたらスローに走るそれは
もっと格段に奇妙だ。
と思った午後のことでした。


ではまた。

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